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【note】イミテーションの意味  「僕らはパクッて生きている。」 今こそ考えるべきオリジナリティ

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「イミテーション」とは、「模倣。まね。模造品。」の意だ。

 

「イミテーション」で検索したら、「イニシエーションラブ」が検索結果上位に表示され、なんだずいぶん悲しい題名だな、と思ったら見間違いだったので安心した。(どうでもいい)

 

 

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イミテーション、僕らはいつもやっている。ファッション、食べ物、その他もろもろのし好品を通じて。

 

それがいい、悪いと判断することはいつも通りやらないのだが、この「イミテーション」には語呂以上の意味があると思うのだ。

 

イミテーションには、いくつかの目的がある。その中でも顕著なのは、「それ自体になりたいという欲望」。有名人の真似やコスプレは、そういった面がある。そしてそのクオリティが高いとファンがつく。これは凄いことだ、本物じゃないのに本物っぽさを求めて固定ファンがつく、素晴らしいことだと思う。

 

ホリエモンさんとひろゆきさんが出演していた「ネット規制の賛否」の回のTVタックル。僕は規制派の古谷さんが「ネットにはオリジナリティがない」といっていたのが印象に残っている。

 

歌ってみた、踊ってみた、その他他人の作品に付加価値をつけて公表することにオリジナリティがないと言われればそうなのかもしれない。しかし、それ以外に概念やサービスがありあまるほどに売られ、世に出ている社会の中で、では、オリジナリティとは何か。

 

音楽で言えばコード進行のように、「人が心地いい」フレームというものが存在すると僕は思う。それは芸術をはじめ、その他メディアで流れる曲、イメージ、文体、なんでもそうだが、とりあえずそういうものがある。

 

これは一概にいってしまえば「イミテーション」。模倣以外ではないが、模倣ではない。そこには意味があるのだ。

 

このイミテーションは、結構世の中で批判や中傷を浴びる。人の深層心理の中で、何か他の人のコンテンツやアイディアを用いて個人が脚光を浴びることをよしとしない心理が働くのだろうか、僕にはわからない。

 

しかし、ただ一つだけいいたいのは、このイミテーションには付加価値がある。この付加価値というものは、その人が模倣をしている結果、世の中に新しいものが生まれた、という意識や結果物である。

 

この付加価値自体が、世の中全体で受け入れられることは結構難しいことで、僕たちは「パクリ」を恐れ、生活しているのだ。

 

法律や道徳的限度など、様々な阻害要因があってイミテーションの意味は表層の批判に終始している。一方、著名な人が「オマージュだ」と言い張ればそれで脚光を浴びる機会になる。

 

僕たちは、イミテーションの意味を、情報技術の進展が進むメディア化する世の中で再考していかなければならないのである。

 

ただ、なんとなく、僕は「イミテーション・ラブ」なのだということは分かる。

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