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読書や学習のために覚えておきたいこと2つ

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「知識」や「学習」の必要性が叫ばれている


読書と教養のための学習が、現代社会で見直されている。

もちろんそれは喜ばしきことだし、読書好きの僕にとっても、読書の魅力がより多くの人に共有される、ということに関して、斜に構えて何かを物申すつもりはまったくない。(もとより、僕だって読書にほかの趣味よりも傾倒したのはつい最近のことだから偉そうなことは言えないのだ。)

 

そして、これはけっこう前から言われるようになったことだが、生涯学習「一般教養」といった言葉も、聞かれるようになってきた。

 

 

詳しい年代は忘れてしまったしここで述べる必要もないと思うのだが、一時期は大学で教養学部が次々と廃止された。その後、「一般教養」は復活し、学生からは「パンキョー」とあまり価値のなさそうな「大学初期の通過儀礼」のような呼び方をされているわけだ。

 

それはともかくとして、この教養主義に関しては、新渡戸稲造なんかもその重要性を語っている。

 

「いまさら聞けない」「大人のための~」といった著作が売れているのも、社会人が一般としてそのような「教養」を求めているからだし、個々人の多数が求めるようになるということはすなわち、世の中で求められているものが「教養」である、と言い換えることができる。

 

...一向に主題に入りそうにもないので、今回は何が言いたいのかを率直にいう。

 

「読書」「学習」といった言葉が聞かれるようになってきた現代社会では、要するに「知識」が求められている。しかし、「知識」を得るための「メタ知識」が問われることはない。

 

これは、20世紀の哲学者、ハイデガーが目指した「哲学における『存在論』」の思考様式に近い。彼は、哲学の系譜において、「真理はあるのか?」「神はいるのか?」ということがテーマとして論じられて来たけれども、それを考える前提の「ある」「いる」という存在自体が問われたことはない、よって彼は「存在」自体を論考したのだ。ある意味、「メタ哲学」といえるのではないか。

 

そのように、僕も稚拙ながら、そのような思考様式をまねて、「メタ知識」を考えてみたい。もちろん抽象的なことはここまでで終わりにして、では僕たちが知識を得るその当事者になるとき、留意したい「メタ知識」とは何かを示していく。

 

 

「メタ知識」①:「同時並行」

以下のリンクを参照されたい。

www.unou-jp.com


ここでは、速読法の解説として、「同時並行」の能力が知的作業に有効である旨を述べている。

 

速読はする意味がある人とそうでない人がいるので、おすすめしているわけではないが、この「同時並行」で知的作業を行うのは僕もやっていることだ。

noteのコラムにも簡単に書いたが、僕は平均10冊を併読している。

「5冊の新書+2冊の小説+1冊のラノベ+2冊の専門書」という感じだ。

 

例えばじんの『カゲロウデイズ』を読んでいたかと思えば、藤沢周平の『蝉しぐれ』を読み、その後はハイデガー存在と時間』を読む。

 

またあるときは、モースの『贈与論』とウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読んで疲れてきたら、村上龍の『愛と幻想のファシズム』を読んでいた。

 

とてもライトな読書がしたいタイミングでは、海羽超史郎シュタインズ・ゲート』のノベライズを読みつつ、三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』を読んでいたりもする。

 

こんな感じで並行して読む。それによって、「読書に飽きたら読書をする」ことが可能になる。難しい本を一冊机に据えてすべて読破するのは難しいが、ライトな本、好きなジャンルの本と一緒に読むと、ストレスが緩和されるのだ。

 

オブラートに包んで苦い薬を飲む。そしてその薬が、じわじわと後から聞いてくるのだ。

 

知識を得ることは、当然だが楽しいことばかりではない。それはみなさんにも周知のとおりだと思う。しかし大事なのは、「勉強する自分にとって何が最適か?」を考えることだ。

 

もちろんこれは読書だけではなく「学習」全般に応用できる。学習なら読書よりも広範な対応ができるだろう。好きな勉強をすればいい。それこそ、いいがかりをつけて趣味となんら変わらないことを「勉強している」と自分に言い訳すればいいのだ。

 

 

メタ知識②:「思考と記憶を拡張する」

 

これはその通りの意味なのだが、いまいち伝わりにくいと思うのでいくつか参考例を出していきたい。まず、おすすめのサービスから。

 

f:id:dearness0927:20160130071901j:plainEvernote

evernote.com

簡単にwebページやメモ、web記事やスキャンした画像をタグ・カテゴリー分けして保存できるサービス。

 

 

f:id:dearness0927:20160130071901j:plain「Pocket」

 

getpocket.com

Evernote」より簡易な使い方ができるサービス。ウェブメディアでも対応しているところが増えた印象(というかほぼ共有ボタンがついている。)


「思考の空間的拡張」という言葉を使ったのは誰だったか忘れてしまったが、この言葉は上記で紹介しているサービスにうってつけな表現だ。もうすでに使っている、登録している方はたくさんいると思うが、使うときの心構え的なところをここでは書いておきたい。

 

まず、人間の記憶できる容量はいくらかというと、16TBと言われている。そして人間の一般常識は1TB。普通に生活していれば容量がなくなることもない。問題はないのだが、「思い出せるタイミング」というのは限りある容量の中に入れていけば入れていくほど煩雑になっていく。

 

もちろん、日常的に考えている人は、自分の思考をある程度体系化しているので、思い出すべき時に適切な情報や知識を呼び出す準備ができているといえる。しかしながら、キュレーションアプリやwebメディアの増加、SNSの日常的な使用にともなって私たちの情報容量は余裕にあっても、それを処理する機能が追い付かないのだ。

 

だから、僕たちは世の中で「記憶を補助」してくれるサービスをできる限り使う必要がある。もちろん、必要な人だけでいい。煩雑なものごとを考えず、そのときの感情や思い付きで動く生活もありだ。でも、含蓄のある発言をしたい、というのであれば、そして、見たものをなんでも覚えられる性質をもつ天才でなければ、「思考の空間的拡張」機能を使うべきなのだ。

 

さて、僕がここで言いたいことを要約すると次のようになる。

 

「記憶容量は足りているけれど、思い出す能力のほうが先に限界が来てしまう。ここは全部覚えることをあきらめて、ある程度記憶を外部化しよう。」

 

ただ、注意してほしいのが、いわゆる「試験勉強」と「学習」を同一線上にある概念として認識しないことが重要だ。受験や試験で「記憶は外部にあります。」といっても試験官には「?」なので、注意してほしい(そんな人いないか)

 

本を読み終わったら、自分で読書ノートをつけるのもおすすめする。そして、上記の「Evernote」や「Pocket」や、あるいはキャンパスノートでもなんでもいいのだが、しっかりと文字化して読後の思考を体系的に残しておくこと。

 

 

おわりに

僕もまだまだひよっこなので、世の中に知らないことはたくさんあるし、この間もミクロ経済学の応用で本当に苦労したから偉そうなことは言えないのだけど、ある程度「メタ知識」を編み出そうと苦心しながらいろんな知的作業をやってきたので、共有しておきたかった。

 

どうやら、「Evernote」と「Pocket」は連携して使うことも可能らしい。

www.lifehacker.jp

 

頑張って勉強していこう..."(-""-)"

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